デザインの世界へ進まれたのは |
車が好きで、「自分で車のデザインができたら・・・・」と思ったのが、デザインの世界を考えた最初でしたね。だから初めは機械工学を専攻していたのですが、なかなか「デザイン」をやらせてもらえなかった。そんな時、よりデザインを中心としていた「工業意匠学」という学科に専攻を変更し、本格的にデザイン、主に“プロダクトデザイン(立体製品デザイン)”について学びました。
その後数年は、東京のグラフィックデザイン(平面デザイン)事務所でトヨタ自動車の販促パンフなどのデザインを担当し、その後剣持デザイン研究所というインテリアデザイン事務所でプロダクト系のデザインを手がけていました。家具、食器、雑貨等のいわゆるインテリアに置かれる製品のデザインは当然ですが、遊具やベンチ、照明、サインなどの外部に置かれるデザインもずいぶんやりました。グラフィックもやっていた関係で、もののデザインだけでなく製品のロゴや販促パンフまでトータルに手がけていました。何でも屋的だったのが教職には役立っているかも知れません。 |
陶磁器のリサイクル食器をデザインし、「グッドデザイン賞とエコロジーデザイン賞」を受賞されたとおききしました。 |
事務所で数年働いた後、地方で仕事をしてみるのも・・・と思っていた時、岐阜の大学で教職につくチャンスを得、活動の場を岐阜に移しました。そこで岐阜の地場産業と関わるようになり、家庭で不要になったり、生産段階で販売ルートにのらない陶磁器を回収して、もう一度新しい器に再生するというリサイクルプロジェクトにデザインアドバイザーとして参加しました。
「一度誰かが使ったかもしれない材料で再生させたものが売れるのか」等不安な点は多々ありましたが、モニター実験などを通し、常に消費者の視点を取り入れながら「製品として売れるデザイン」を検討しました。器は使われてこそのもの。使う人にとっては再生材料であろうとなかろうと美しく、使いやすく、料理をひきたててくれることが重要ですから。自分自身陶磁器について素人だったことが逆に先入観なく取り組め、この再生食器「土色彩生」が受け入れられた大きな要因に繋がったと思っています。 |  |
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